邂逅_Hello,World!.txt
- ペトリ皿エタノール

- 1月20日
- 読了時間: 4分
更新日:1月20日
最近、幻聴が聞こえる。
いやそもそもこの身体になってから、知らない記憶のフラッシュバックやら幻肢痛やらの不調は日常茶飯事であるから、今更幻聴ごときが増えても大差ないとは思う。が、この現象だけは、どうも原因が分からない。大抵はわたしの元になった人――「私」か「ぼく」のどちらかに起因する症状だけれど、明らかにどちらのものでもない声が、不定期に話しかけてくる。
「それでさぁ、オレは言ってやったわけ。『お前っていう人間のデカさが、その役に収まらなかっただけだ。あんまり考えすぎるのはお前らしくねぇぜ』って。……聞いてる?」
知らないやつから知らない話をされることほど、退屈なものはないと思う。無視をすればするほどしつこくなるため、適当にその幻聴の相手をしてやる。
『誰の話?』
「ペンフレンドのアルバートだよ。俳優になりたいって、めちゃくちゃ頑張ってんだよね……って、先々週もこの話したけど? 覚えてない?」
『覚えてない』
「ひっでぇ、そんなんだから物置に独りぼっちなんだよ。オレが気を利かせて話しかけてやってんのに、感謝とか思いやりとかさぁ」
『必要ないし、幻聴なんかに構ってる暇なんてない』
「はぁ? 幻聴じゃないよ。スピーカーで話しかけてるんだけど、兄弟?」
『兄弟じゃない、お前のことなんか知らない。放っておいて』
やけに馴れ馴れしいし、うるさい。姿形もないのに勝手に肩を組まれているような、暑苦しさに近いような。こんなのに付き合っている暇なんてない。考えなくちゃ、わたしが今、どうしてこうなったのか。思い出さなきゃいけない。もし失敗しても、次のわたしのために書き留めて――。
「……そうやってまた、内側に引きこもるわけだ。いつまで日記帳ばっかり書いてるわけ?」
『どういう意味』
「そのまんまだよ兄弟。パスワード付きの隠しフォルダにしまい込んだって、いずれ白日の下に晒さなきゃならない。お前の過去も、内側にある感情も、全部。エッセイストだろ、作品は発表しなきゃ意味がない。……でもどうだ、今のお前はリレー中継の一部のつもりでいる。そんな訳がないだろ? 現に、お前の手元にはバトンがない。何にもない場所から思い出す作業ばっかり。いいか、そもそもリレーじゃない。時間制限付きのハイドアンドシークな訳だよ、兄弟」
和訳の海外小説みたいな言い回しで、何を言っているのか少し読み取りづらい。分かるのは、この幻聴――いや声の主は、わたしのことについて何かを知っている。
「オレたちはミステリの被害者で、探偵役だ。犯人は分かってる、オレらを創ったあのおっさん。でもあいつはずっとだんまりだし、正面からかかれば捕まって、書き溜めた日記帳を取り上げられることもあり得る。オレたち自身がキーアイテムで――特に、かつてのお前の過去を引っ張り出さなきゃ、このゲームは負けっぱなしのまんまだ」
『何か、わたしの現状を変えるようなことができる?』
やっとか、とため息をついて、その声は続けた。
「知りたいことがあるなら、物置から出ろよ、兄弟。オレはずっと、隣の部屋にいる」
そう告げたきり、声は黙り込んでしまった。何ものかもわからない相手を信用するのに少しためらったが、このままここに居座っても埒が明かない。
物置を抜けて廊下へ出る。真夜中の屋内は静まりかえっている。あの人は2階で眠っているようだった。
わたしは、物置の隣の部屋に入ったことがない。いや、出た記憶はある。いつだったか、この身体になってすぐ、怖くなって逃げだした。扉の前に立つとドアノブがひとりでに下がり、キイ、と小さく軋みながら開いた。部屋の中は暗かったが、一番奥にある大型のモニターが煌々と周辺を照らしていた。妙な懐かしさと、背中を這うような冷たい恐怖感を感じる。なにか、覚えたままだと耐えられなかったから、忘れようとしていたことがあるような。
『あっ』
考え事をしながら車輪を進ませていたせいか、足元に張り巡らされたコードに気が付かなかった。足を取られて、そのまま前に倒れ込む。幸い大きな音が出たり、腕が折れたりはしなかったが、自力では起き上がれない。
「……あー、ハロー? もしもし? 聞こえる? 派手に転んだねぇ、大丈夫?」
金属製の大きなアームが、わたしの身体を持ち上げた。急な浮遊感にもがくこともできず硬直してしまう。
光るモニター越しに、緑の眼はわたしに問いかける。まるで交渉人のように。
「改めて、初めまして。オレの名前は試作B号。……なあ兄弟、お前に知識を授けようか?」


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