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執筆者の写真ペトリ皿エタノール

悠久_理解し得ない.txt

 視界の端に移るあれはわたしの、かつての腕らしい。白くて軽いプラスチックと金属の骨組みが主な材料で、肘や指先のような部品も見える。ただ、元の形が想像できないほど、ずたずたに壊されている。意図的に。何もあんな風にすることはなかったし、わたしの腕もこんなにずさんな形にしなくたって、良かっただろうに。意外に脆くて、折れる度に存在しない激痛が走る。今も、ざわざわとした痺れが続いている。

 あの人の意図が、どうしても掴めない。ガラクタの寄せ集めみたいなこの身体を作った意図が。


 わたしは大抵、隅の物置に引きこもって過ごしている。埃だらけで、わたしと同じようなガラクタばかりで、ただ静かに、ゆっくりと時間が流れている。何をすることもなく、ぼんやりと部屋の壁や窓の外を眺めては、どこかで聞いた音階をなぞったり、かつての苦しみを何度も反芻したり、である。そうして今日一日分のバッテリーが切れるのを待つ。それを、何度も繰り返している。

 物置から出ることは、滅多にない。あの人と鉢合わせになるかもしれないから。以前もひどい目にあった。


 くたびれたシャツ。暗く伏せた目。長く伸ばして、適当にまとめただけの髪。姿は、記録とほとんど変わらない。他人のことばかり思い出す。自分のことはほとんど覚えていないというのに。

 あの日は確か、ひどく落ち込んだ頭を晴らそうと、建物の中をさまよっていた時だった。靴の車輪に何かが絡んで動けなくなっていたところに、あの人が来た。

 がしゃん、がたん、と音を立てる。頭や背に衝撃を受けたせいで、視界が乱れる。散らばった書類が、箱から飛び出て宙を舞ったコードやネジが、一時的にスローモーションのようで。

 少し遅れて、首元に圧迫感を感じた。両手で、体重をかけて、押さえつけられているのだろう。

 物理的な痛さも苦しさも、今のわたしは感じない。しかし、喉元のパーツを壊されるのは避けたい。頭の次に複雑にできている。また修理をするために、電源を落とされるのはいやだ。命綱もなしに暗闇に放り出されるような気分になるから。

 蛍光灯の逆光で、顔はうまく見えない。それでも分かった。いつもと違い見開かれたその目は血走っていて、仲間を殺された獣のようだった。

「消えろ、失敗作のくせに、紛い物のくせに。口も腕もいらない。模倣のおまえが、言葉を紡ぐなど――」

 鳴らしたのは最大音量のF♯6。言葉を話せないわたしが、防衛として使えるのはこれぐらいしかない。キンと響く音に怯んで、辛うじて手を離した。

 それから、感熱紙にこう印字をした。

『私を壊しても何の意味もないし、あなたは私を壊せない』

 彼は「私」という文字に弱い。だからわざとこうして、恐れている部分を刺すように書いてみせる。

 視界が復旧すると、いつの間にやら、壁のほうで大人しく縮こまっていた。耳を塞いで、顔を覆って、みじめに震えながら。

 ぼそぼそと呟く声は、イヤーマフ越しでは聞き取りづらい。けれど一度だけ聞き取れた。――「ごめんなさい」、と。

 一体、何に対して謝っている? 誰に対して謝っている? わたしに? まさか。わたしを透かして見た誰かでしょう。


 人を、私を、勝手に不自由な接ぎ木にしておいて。


 あなたがわたしを理解し得ないように、わたしもあなたを理解し得ない。一生。これからどれだけの時が過ぎようとも。

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