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記録1――プロローグ.txt

 

音声記録 No.32
----/--/-- 16:37 ■■■ 19歳
場所:
×××本社ビル1階


「……すみません、遅くなりました。大学の先生のところに用事があって、長引いてしまって。
忙しいのに……あ、大丈夫、そうですか。ありがとうございます。……ええと、それで、今日は。
は、はい、はい、『春の星』が……。え、賞、ですか。……ぼくが。
ああ、ありがとうございます。嬉しい、そう、嬉しい……ですね……たぶん。いや、なんだか、実感がなくて。
……書き直さなくてよかったんだな、って、今思いまして。ほら、前にぼく、もう一回書き直したいって、
言ってたでしょう。□□さんがこのままでいいって、言ってくれたから、受賞できたんじゃないかって。
本当に、なんて言ったらいいか……はい、ありがとうございます。
……え、授賞式。取材? ……すみません……えっと。写真とか撮りますよね、そういうのって。表に出るようなのは、あんまり。
ほら、よく言うでしょう。作者と、作品。ちょっと離れた場所にいたほうがいいって。……言いません?
それに、ぼくもまだ学生で、まだちゃんと、これで食べていけるかどうかも分からないので。
就職のときとか、大変になりそうで。……はい、はい、すみません。今回は、式自体は控えたいかな、と。
そう……ですね。インタビューとかなら、全然。……どういうこと言えばいいのか、あんまりわからないけど。
あとがきと同じような感じでいいんですかね。私は、みたいな。……そうですよね。
はい、もうちょっと考えてみます。」

 


音声記録 No.823
----/--/-- 14:06 ■■■ 22歳
場所:
×××本社ビル8階


「お疲れ様です。あ、□□さん……今は□□副編集長、ですか? ……はは、いえ。
花村さんは……ああ、まだ戻ってないですか。……上手く……そうですね、ちょっと意見が食い違うときもあるけど、なんとか。
……あ、そうなんですか……はじめまして。えっと、■■■……いえ、■■■です。ああ、はい、そうですよ。『春の星』の。
……ああ、いえいえ、文体のせいかな、よく間違われるので。まあ、仕方がないかもしれないです……表に出たがらないので。
へぇ、同い年なんですね。そっか、新社会人……あ、でも、□□さんの元なら、大丈夫だと思いますよ。
困ったとき、頼れる人だから。……ですよね? はは、ちゃんと助けてあげてくださいよ、ぼくの時みたいに。
あ、じゃあぼくはここで。はい、また。」

 


音声記録 No.1398
----/--/-- 02:12 ■■■ 23歳
場所:■■■自宅 
×××号室(通話音声)


「もしもし……? あ、あの、かみ、届きましたか? はい、かみ。なんのことって……、いやだって。
花村さんが言ったんでしょ、届いてないですか? ほら、コラム? 寄稿? そういう、なんでしたっけ。
なんて……すみません、言葉が……なんか、変で……。
ああ、寝てたんですか。起こしちゃったんですね……。ぼくは、まあ、締め切りが、ほら。
ごはんは……さっき、ああ、トイレ行って、吐いちゃったから……あんまり。あ、でも、食べはしましたよ。
飲まず食わず、じゃ、ないです。だいじょうぶ、元気ですよ。はは。……あー、でも……。
朝から、ずっとあたまが、いたくて……ええと、いたいん、ですよ。ずっと、目も変だし、ぜんぜん、何にも……。
……あ、しめ切りは、いつ……8時でしたっけ。やだな、はは、ごめんなさい、落としちゃうかも、困りますよね。
今、今すぐ書くので。あ、今、電話口で、口で、言います。11時ですもんね。
ええっと、その……あ、レシート、インクの……万年筆のインクの、無くしちゃったかも……すみません。さがす、探してきます。
あ、え、え? 花村さんですよね……? お金にならなきゃダメだって、いったの、あなたじゃないですか。
ぼく、本当に、がんばってるんですよ。何回も、何回も、書いたってどうせ、全部一から書き直しになる、なのに……何度も何度も何度も何度も書き直しで! もううんざりだって! ずっと、ずっと、言ってるじゃないですか? なんで? 伝わってない? 聞いてくださいよ、言ってるんだから……。
なにを書けば正しいんですか? 花村さん、一体、なにが正解で、なにを書けばお金になって、満足してくれるんですか。
ねぇ、なんとか言ってください。ぼくだって、人生かけて、こっちの道選んで、たくさん考えて……。
え、違うってなにが……あ、ああ、□□さん……?
ちが、違うんですよ。わたし、ぼくは、別に、大丈夫で、そう、大丈夫なんですよ。

ちょっと書けないだけ。ね? でしょ? そうですよね?

大丈夫だって言ってくださいよ! わたし、もう、どうすれば、いいのか……。

(インターホン、それから戸を叩くような音)

あ……すみません、花村さん、来たみたいで……はは。

……たすけて?」

 


音声記録 No.1402
----/--/-- 22:48 ■■■ 23歳
場所:
××大学病院 ×××号室


「あ……。ああ、はい、まぁ……さっきよりは、良くなったと思います。
……やめてください、そういうこと言うの。見たでしょ、聞いたでしょ。……もう、書けないんです。
言葉だって、今、うまく出てこないし……右手も全然動かない。もう続けられない。■■■ではいられないんです。
見ないで、見ないでください。近くにいないで。……やっぱり、やめて。いなくならないでください。
ひとりじゃ、とても抱えられる気になれない。これから、なんて、ひとりじゃ考えられない。
あはは……ちょっとは、面倒見てくださいよ。ここまでぼくをつれてきたの、□□さんでしょ……。
や、いや、違う。ごめんなさい。本当は、こんなこと言うつもりなくて……忙しいですよね、そうですよね。
ずっと付きっ切りでいてくれて、迷惑ばっかりで……でも……もし、いいって言ってくれるなら、しばらくは、側にいてほしいです。」

 


音声記録 No.1796
----/--/-- 21:10 ■■■ 23歳
場所:□□自宅


「荷物……ああ、ここに。どうも。
……うん? ああ、前来た時とは、なんだか……雰囲気が違うなって。模様替えしました?
その、ほら。なんて言うんだっけ……ああ、家庭的、じゃなくなった。散らかってる。
片づけたほうがいい……って、ぼくが言えたことじゃないや。
……人工知能、ですか。へぇ。……じゃあ、ぼくが死んだら、作ってくださいよ。ぼくのコピー。
作るんならもっと、すごくしましょうよ。ぼくができないこと全部できるように。
そうだ、歌とかどうです? ほら、吐きすぎたせいですかね……入院してから、喉の調子がずっと悪くて。
もともと得意なわけじゃないし。そっちのほうが楽しくないですか? まるきり同じならぼくのままでいいですから。
……□□さん? 聞いてます? ……ああ、はは。すみません、悪い冗談ですよ。だから、そんなに怖い顔しないで。
それで、なんでしたっけ。あー、口述。口述ね。……それで、どうにかなりますかね。」

音声記録 No.24223
----/--/-- 19:29 ■■■ 25歳
場所:ホテル
××××××× ホール


「……ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です。いえいえ、私なんて、まだまだとても。
そうですね……大病を患って、ハンデを負う中でも、どうやったらまた新しい作品を生み出せるか、と、新しい試みです。
ああ、どうも、ありがとうございます。はい、そうですよ。……いえいえ、文体のせいですかね、よく間違われるので。
そこまで気にしてはいませんよ、ただ、そういうものにとらわれない作品作りができたらいいな、とは、思っていますが。
ええ、ええ、ありがとうございます。はい、次も楽しみにしていてくだされば幸いです。
……あ、□□さん……ああ、すみません。少し席を外しますね。

(数十秒間の沈黙。)

メガネ、今持ってますか? ……すみません、コンタクト、慣れなくて。どうも。
……はは。ああ、いや。本当に、すごい発明ですね。すごい、すごい。大発明家だ。
ぼくにできなかったことを、いとも簡単にやってのけるんですから。
……考えましたよ、もちろん。何度も。何度も。昨日も今日も今もずーっと。考えてます。
いや、止まらない、考えさせられ続けてます。くらくらするほどに。
そうですね。そろそろ、今が潮時なんだろうって、思いますよ。いや、本当はもっとずっと前だった。
次も楽しみに……ですって。ふっ、ははは、おかしい。今回を書いてすらいないのに。
とっくに、壊れているのに。だれも、あなたも、ぼくのことなんて分かっちゃないくせに。
……ああ、いや、ごめんなさい。お酒が入ると、やっぱりだめですね。
でもね、考えたところでどうなるんです? 何がどう変わるんです? 今更、ぼくもあなたも逃げられないのに。」

 


音声記録 No.25876
----/--/-- 23:42 ■■■ 26歳
場所:■■■自宅 
×××号室(通話音声)


「あれって……。

(数秒間の沈黙。)

あれって、ほんとうに必要な嘘だったんですか。あの名前ってそこまでして守らなきゃいけなかったですか。
元の録音なんて支離滅裂な単語の羅列じゃないですか。読者はいまに気づきますよ、ぼくのじゃないって。
ぼくも、あなたも、どうかしていた。働きすぎたんですよ、どうしようもないばかになった。
どうせ、これも録音してるんでしょう。……分かってます、ぼくの言葉じゃ、あなたを止めることはできない。
でも、それはあなたも同じ。あなたに、ぼくは止められない。

(数秒間の沈黙。液体をこぼすような音。)

さよなら。」

これ以降の音声記録は存在しない。

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