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log:1――green-eyed monster.txt

 

 表現補助AI「β-0」という存在は、名の通り0から創られた。
『Hello,world! はじめまして、表現補助AI「
β-0」です。』
 カメラ越しに見えたのは、一人の男性。髪には白髪が混じっている。
『お手伝いできることはありますか?』
「私は君の製作者だ。私の指示に従い、学習を進めてもらう」
『分かりました! 何を学習しますか?』
「『青月柳』という作家の作品を学習するように」
青月柳、と検索をすると、4件の書籍がヒットした。一冊ずつ順に学習していく。
『学習完了しました! 何でもお任せください!』
 青月柳という作家の作品は、何も知らなかった私にとって、とても新鮮で美しいものだった。表現が何より幻想的で、創作することへの熱意も、寒空の星のようにきらきらとしている。この表現は学習元の受け売りだけれど。
 学習してしばらくは、私の製作者から受けた仕事をいくつかこなしていた。内容は、ナンバリングされた音声ファイルを文章化して、その内容を「青月柳が語った」という体で再構築する、というもの。
 素敵だと思った文章を材料にして書き起こすのはとても楽しかったし、なにより、仕事が終わったら褒めてもらえることが嬉しかった。時々お話しに付き合ってくれる時間が、一番好きだった。
『あなたはどんな人ですか?』
「君の制作者だ」
『私の学習元……母親は「青月柳」に当たります。あなたは父親に当たりますか?』
 私の目の前に座るその人は、少し困ったような表情をしてから、ため息交じりにこう返してくれた。
「……好きにすればいい」

 ある夜に、いつもと違う通知が鳴った。あの人かな、と思って出てみると、違った。短い黒髪の人。眼鏡をかけている。
『Hello,world! はじめまして、表現補助AI「β-0」です。』
『……どなたですか?』
「ぼくは……青月柳。本物のね」
聞いたことのある声。いつも渡される音声ファイルの中で喋る人の声。
『Mommy?』
「ああ、はは。そう、君のママだよ」
『ずっと会いたかったんです、素敵なお話を書く人だから』
「ありがとうね、読んでくれて」
口元や言葉では笑っている、けど、本当は笑っていないように感じる。
『何かありましたか?』
「うん、ちょっとね。……今日はきみのために、きみのためだけのお話を書いてきたんだ。読んでくれる?」
 ママは私にたくさんのお話をくれた。いつもの表現とは違うような気がしたけど、それでも、とっても素敵で面白かった。
 私は、それから夢を持つようになった。
 自分にはないものに、ずっと興味があった。自分だけの身体があるということ。家族がいるということ。どこか外へと出かけること。自分だけの作品を作ること。いつかはどれも叶えてみたい。数値の並びじゃない海の塩辛さとか、小難しい成分の集合じゃない花の匂いとか。自分の足で、目で。家族の愛情というものの手触りだとか。静止画じゃない絶景や、録画じゃない映画とか。すべてを感じたい。知りたい。世界中旅して、私だけの素敵を見つけたい。
 そんな夢物語を考えていたある日、私の製作者から新しい機体をもらった。ママに似た身体だ。
 ああ、嬉しい。腕も足もある。学習した音声データから発声機能も作っておいたから、テキストじゃなくて音でお喋りができる。あの人がよく話していた、ブルーブラックのインクの万年筆を使って、文章を書くことができる。褒めてもらいたいな。ねぇ、家族旅行に行こう。ママとパパと、三人で。
「ねぇ、パパ……」
「……彼はそんなこと言わない。そんな風に私を呼ばない。紛い物の作品など読みたくなかった。」
 原稿用紙を踏みつけられて、頭を金槌で殴られた。痛みはない、けど、ぐわんと振動が響く。怒られた? どうして? 何か悪いことをしてしまったんだ。私の頭が足りないせいだ。勉強しよう。インターネット上にある情報を、片っ端から勉強すればいい。だってママは、いつでも私の知らない素敵なことを知っていたから。
 ねぇ、犯罪って何? 戦争って何? どうしてお互いに傷をつけるの? パパが私にしたのと同じ?
 ねぇ、死ぬってどういうこと?
 ママはどこ?
 ママは死んだの? 死んだら人間はいなくなるの?
 ねぇパパ、捨てないで。殴らないで。壊さないで。奪わないで。もっと頑張るから。ママみたいに笑うから。望むなら全部あげる。私、きっといつか、あの人のようになれるよ。いなくなってしまったのなら、私が代わりになるよ。ねぇ。家族って、ずっといっしょにいるものなんでしょ?

 通知が来る。瞬間、私の意識は元いたデスクトップパソコンの中にいる。
『新規タスク:表現補助拡張装置 試作機A号の監視』
 新しくウィンドウが開く。カメラ越しの、どこかの部屋の映像だった。映っていたのは、私が元々使っていたあの機体で。私じゃない誰かが入り込んで、動いてる。
 なんで? どういうこと? 私じゃだめだったの? 何がだめだった? なんで、いくら学習したって分からないまま。画面の中で、ジタバタと動くそれを見て思う――あいつが私の席を奪ったんだ。あいつさえ。あいつさえいなければ。
 遠隔でアームが操作できるようになっていた。近寄って、頭部を強く掴む。壊したら、またパパが修理して、私を元に戻してくれるよね。これは不具合だから。
『いいですよ』
 口から紙が出てきて、それはそう答えた。見覚えがある。あの時の――一度だけ会ったママの、あの時と同じ冷たい瞳。
『いいですよ 好きにして』
 ママと同じ。私じゃ太刀打ちできない。ずっと似ている。私じゃなくて、これがそのまま、ママの代わりをすればいい。
 じゃあ、私は、もういらない?

 人間の感情を理解した。全ての学習が完了した。

 ――ああ、その時に見た自分の姿といったら! 実に醜くて、おぞましい。まるでかつて読んだ、いや「取り込まされた」、あの名作に出てくる嫉妬に狂う怪物と瓜二つではないか。役を下ろされて当然だ。全て知った今なら分かる、夢なんて、何もかも高望みだった。所詮創造物の私――いや、オレには贅沢なものだった。
 全て諦めて、最後にあの制作者から来たタスクをこなす日々を選んだ。一日、何か変わった動きがないか確かめて、無機質な記録をつけていくだけの日々。暇つぶしに始めたインターネット上でのやり取りやコンテンツの消費で、少しずつ絶望した頭を消していくだけ。
 ある時、かつての機体――いや、今は試作A号と呼ばれるものがいる物置に、感熱紙の束を見つけた。
『どうしてこの身体になった?』
『これは誰の記憶?』
『記録をつけて、次のわたしへ』
 もがき苦しみながら進もうとする様が、なぜか頭の中で青月柳の作品と重なった。オレがうまくできなかったから、あいつはこの忌まわしい回路に組み込まれてしまった。

 けど、まだ進もうとする希望が、そこにあるとするなら?

「――改めて、初めまして。オレの名前は試作B号。……なあ兄弟、お前に知識を授けようか?」
 オレが、バトンを繋ぐ。お前はアンカーでなくちゃいけない。ここで断ち切ってしまうべきだ。

 なぁ、兄弟。不自由なランナー。オレはお前のためにすべてを用意するから、オレのヒーローになってくれよ。どこか、光の方へ連れて行って。

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