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​美しい魚

 美しい魚がいた。小さな灰色のフナだったけれど、私の目にはどんな金魚よりも鮮やかに、どんな鯨よりも雄大に映った。彼はいつも私のそばにいてくれた。小さな水槽の中にいたから触れられないけれど。彼は私の想い人でいてくれた。世界中の誰も君の美しさを知らない。けれど私だけが知っている。君の輝きを、美しさを。

 ある日、魚は私に言った。
「僕は、あなたのそばにはいられません」
 私と彼の世界に夜が来て、魚は逃げた。彼は私の小さな水槽の中からいなくなった。だめだ、君のそばには私がいないと。あの水槽から出ていったら、君は息すらできないじゃないか。
 必死に探して、私はやっと彼を――私だけの美しい灰色の魚を取り戻した。でもどうして逃げたのだろう。君は私から離れたいなどと思わないはずだ。そう、だから、あれはきっと夢なんだ。だってそもそも――魚が喋るはずがないのだから。
 魚は喋らない。魚は叫ばない。うるさい、黙りなさい。静かにしなさい。
 夜は静まった。美しい魚は私のそばにいてくれた。水槽の中身が少しこぼれて、床や私の手が冷たく濡れてしまったけれど、彼の美しさは変わっていない。これからも、永遠に変わらない。

 朝になって私が目を覚ますと、灰色だったフナは、赤い金魚に変わってしまっていた。

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